SCIENCE OF CLEANING

第5号

第2章 建材(素材)を見分ける ― 同じ汚れでも、素材が違えば正解は変わる

汚れの読み違いはやり直せる。でも素材の読み違いは、やり直しが利かない。ビルクリーニング5原則の2番目「建材を知る」を、ベテラン現場リーダー・佐藤さんの失敗談とともに確かめていきます。

舞台はとある商業ビルの控え室。佐藤ソウイチさんは45歳、清掃一筋20年のベテラン現場リーダー。腕は確かで後輩からの信頼も厚いが、本人いわく『ぜんぶ体で覚えた我流』。

今日は現場でヒヤリとする出来事があったらしく、素材の科学に詳しいDr.ウッディをつかまえて、長年の『なんで?』を確かめに来たようだ。

OPENING TALK

はじめに

佐藤ソウイチさん
佐藤ソウイチさん

ウッディ先生、ちょっといいですか。実は今日、ウチの新人がやらかしかけましてね。

Dr.ウッディ
Dr.ウッディ

おや、何があったんですか?

不安そうな佐藤ソウイチさん

トイレの尿石取りに使う酸性洗剤をぶら下げたまま、エントランスの大理石のほうへスタスタ歩いていくんですよ。見た瞬間、血の気が引きました。

Dr.ウッディ

それは危なかったですね…! 止められて本当によかった。

沈んだ表情の佐藤ソウイチさん

ええ。ただね、「なんでダメなんですか」って聞かれて、「ダメなもんはダメなんだ」としか言えなかった。20年この仕事をやってて、理屈で説明できない自分がちょっと情けなくてね。今日は先生に、その「なんで」を教わりに来ました。

Dr.ウッディ

嬉しいですね。それでは今日のテーマは「建材(素材)を見分ける」にしましょう。ビルクリーニングの5原則 ― 「汚れを知る・建材を知る・洗剤を知る・作業方法を知る・保護膜を施す」の2番目ですね。

笑顔の佐藤ソウイチさん

5原則ってやつですか。この前、田中さんが「汚れを知る」を教わったって、休憩室でえらく自慢してましたよ。

Dr.ウッディ

あはは、田中さんお元気そうですね。佐藤さんは汚れのなんたるかはもうご存知かと思いますので、今回は素材に注目しましょう。同じ「汚れ」でも、床が石材系タイルなのか、樹脂系シートなのか、繊維のカーペットなのかで、使っていい洗剤も道具もまったく変わってきます。

佐藤ソウイチさん

そこは俺も、経験でなんとなく使い分けてはいるんです。ただ「なんとなく」だから、新人に教えられない。今日は答え合わせをさせてもらいますよ、先生。

SECTION 01

なぜ「素材を見分ける」ことが大事なのか
同じ洗剤でも、素材が違えば結果は真逆になる

Dr.ウッディ
Dr.ウッディ

まず佐藤さんに聞きたいんですが、「汚れの見極め」を間違えるのと「素材の見極め」を間違えるの、どちらが怖いと思いますか?

佐藤ソウイチさん
佐藤ソウイチさん

そりゃ素材のほうでしょう。汚れの読み違いなら、洗剤を替えてやり直せば済む。素材を読み違えたら、やり直しが利かない。

Dr.ウッディ

さすがです。まさにその通りで、汚れの見極めを間違えても「効率のいい洗浄ができない」だけですが、素材の見極めを間違えると、とても大きな問題になることが多いんです。さっきの酸性洗剤がいい例で、便器の尿石にはよく効きますが、大理石の床にうっかり垂らすと、表面がツヤを失って白く曇ってしまいます。

佐藤ソウイチさん

そう、あの曇りです。あれって要するに、どうなっちゃってるんですか?

Dr.ウッディ

「洗浄」ではなく「損傷」です。大理石の場合、あの曇りは元に戻すのが難しくて、研磨のプロに頼むしかありません。別のパターンもありますよ。強いアルカリ洗剤は油汚れにはよく効きますが、金属素材や樹脂ワックスの層には強すぎて、変色やワックス剥離を起こすことがあります。

呆然とする佐藤ソウイチさん

「効く洗剤」を選んだつもりが、素材との相性を知らなかったせいで、かえって傷めてしまうわけだ。

Dr.ウッディ

そうなんです。「汚れに効く洗剤」を知っているだけでは不十分で、「その素材が何に弱いか」を知らないと、良かれと思ってやったことが最悪の結果を招きます。しかも厄介なことに、こうした損傷はその場では気づかないことも多いんです。

佐藤ソウイチさん

分かりますよ。翌日とか数日たってから「あれ、床にシミがある」って発覚するんですよね。ああなると、いつ誰の作業が原因か、特定がどんどん難しくなる。

Dr.ウッディ

さすが、現場をよくご存じですね。時間がたつほど原因究明は難しくなります。だからこそ、作業の前に素材を見分けることが大事なんです。

MATERIAL PROPERTIES

なぜ素材によって結果が違うのか

佐藤ソウイチさん
佐藤ソウイチさん

しかし先生、なんで素材によってそこまで結果が違うんですか。床は床でしょうに。

Dr.ウッディ
Dr.ウッディ

それは、素材ごとに「性質」がまるで違うからです。たとえば天然石材は、細かい鉱物の集合体です。酸に触れると鉱物が化学反応を起こして溶け出し、表面がザラザラ・白っぽくなります。

驚く佐藤ソウイチさん

溶けてるんですか、あれ。曇りっていうより、表面が溶かされてたのか。

Dr.ウッディ

そうなんです。一方、塩ビ系の床材はプラスチックの一種で、酸やアルカリには比較的強い。ただし有機溶剤や熱には弱くて、シミや変形の原因になります。金属は逆に、有機溶剤や熱には強いものが多い。ただしステンレスでも強い酸やアルカリで腐食や変色を起こすことがありますし、アルミや真鍮は酸・アルカリに対して非常にデリケートです。

佐藤ソウイチさん

カーペットなんかは、また別の話になりそうですね。

Dr.ウッディ

はい。カーペットは水分や洗剤が繊維の奥まで浸み込みやすく、乾きにくいという別の性質を持っています。繊維の種類によって洗剤の選択も変わります。つまり、素材の「性質」を理解していないと、洗剤の強さや相性を正しく判断できないんです。見た目だけでなく、成分や構造まで知識を深めることが、事故を防ぐ第一の鍵ですね。

01

天然石材

鉱物の集合体。酸に触れると溶け出し、表面がザラつき白く曇ります。

02

塩ビ系床材

プラスチックの一種。酸・アルカリには比較的強い一方、有機溶剤と熱に弱いです。

03

金属

有機溶剤や熱には強いものが多い反面、アルミや真鍮は酸・アルカリに非常にデリケート。

LEARNING FROM FAILURE

身近な失敗例から学ぶ

Dr.ウッディ
Dr.ウッディ

現場でよくある失敗というと、どんなものがありますか?

慌てる佐藤ソウイチさん
佐藤ソウイチさん

お恥ずかしい話ですが、俺自身のやらかしがありますよ。

若い頃、病院の現場で、塩ビの床だと思ってアルカリ洗剤でガンガン洗ったら、実はリノリウムでね。数日後に茶色く変色してるのが見つかって、大騒ぎになりました。

慌てる佐藤ソウイチさん
茶色い床を見て、
自分の顔は真っ青!
Dr.ウッディ

それはまさに典型例です…! ほかにも『陶器だと思って研磨ペーストを使ったら、実は人工大理石 ― つまりプラスチックで、表面を曇らせてしまった』というケースもよくあります。見た目が似ていても、硬さがまったく違うんです。

佐藤ソウイチさん

見た目にだまされるな、と。俺はあの一件以来、初めての現場では床を触って、叩いて、光の反射まで見るクセがつきました。

Dr.ウッディ

素晴らしい習慣です。触った質感、叩いた音、光沢感を普段から意識して観察するクセをつけること。そして見慣れない建材に出会ったら必ず素材を確認して、可能な限り目立たない場所で試してから本格的な清掃に入る。これに尽きます。

沈んだ表情の佐藤ソウイチさん

ただねえ先生、ああいう失敗談って、なかなか表に出ないんですよ。成功例やHow toは教科書やSNSでいくらでも学べるけど、失敗例は誰も言いたがらない。

Dr.ウッディ

おっしゃる通りです。だからこそ、会社の中で日頃から失敗を気兼ねなく共有して、一緒に学んで改善していく風土づくりが大切なんです。佐藤さんがご自分の失敗談を新人さんに話してあげたら、それが一番の教材ですよ。

喜ぶ佐藤ソウイチさん

耳が痛いですな。カッコつけてないで、今日帰ったら話してやりますよ。『俺も昔はやらかしたんだ』ってね。

SECTION 01 / SUMMARY

第1節 まとめ

  • 天然石は酸に弱く、プラスチックは熱に弱いなど、素材ごとに弱点が異なる。
  • 汚れだけでなく素材の「性質」を理解することが事故防止の要。
  • 見慣れない建材は必ず素材を確認し、目立たない場所で試してから本格清掃する。